論理量子ビット、物理量子ビットより優れたエラー率を実験結果で示す
※本報道資料は、Quantinuumが2022年8月4日に配信したプレスリリースの抄訳です
ブルームフィールド(コロラド州)、2022年8月4日 - Quantinuum (クオンティニュアム、以下Quantinuum) の研究員は、リアルタイムでの量子誤り訂正を使用し、誤り耐性量子回路で論理量子ビットをもつれせることで、重要なマイルストーンを打ち立てました。8月3日に発表された新しい科学論文(https://arxiv.org/abs/2208.01863)で説明されているこの研究は、同様の環境における異なる量子誤り訂正符号の最初の実験的比較研究であり、いくつかの異なる実験結果を示しています。実験内容は以下の通りです。
- リアルタイムでの誤り訂正を用い、フォールトトレラントな方法で、2つの論理量子ビットのエンタングルゲートを実現した初のデモンストレーション
- 物理回路よりも高い忠実度(フィデリティ)を持つ誤り訂正付き回路を初めて実証
この画期的な成果は、論理量子ビットが物理量子ビットより優れていることを初めて示したものであり、誤り耐性型量子コンピュータの実現に向けた重要な一歩となります。
Quantinuumの社長兼COOのTony Uttely氏は、次のように述べています。「Quantinuum のイオントラップ型量子計算のロードマップは、継続的なアップグレードを中心に設計されており、当社の柔軟なアーキテクチャと精密な制御能力を可能にしています。この組み合わせは、業界全体を加速させる、これまでにない素晴らしい成果をもたらします。」
Quantinuumの理論・アーキテクチャ技術マネージャーで、新しい研究論文の共著者であるDavid Hayes氏は、「この研究により、量子計算では、誤り訂正回路が誤り訂正のない演算を凌駕する段階に近づきました。」と述べています。
「研究者はこれまでに誤り訂正された量子ビットを扱ったことがありますが、エンコードされた操作が誤り訂正をしない操作よりもうまく機能するという段階には達していませんでした」と Hayes 氏は述べています。 「ここでのもうひとつの新しい点は、他の実験においては、演算を行いつつ誤り訂正を行っていることです。 私たちにとって重要な次のステップは、誤り訂正自体によって引き起こされるエラー率をさらに下げていくことです。」
この研究成果は、新しい論文 "Implementing Fault-tolerant Entangling Gates on the Five-Qubit code and the Color Code" に記載されています。 この論文は、最近arXivで公開されました。研究員たちは、HoneywellのH1-1とH1-2の2台の量子コンピュータを使用して、これらのテストで5量子ビットコードと符号距離3のカラーコードを比較しました。
量子誤り訂正の実験は初期段階にあり、多数の誤り訂正符号をテストする必要があります。Quantinuumの研究員は、マシンのアーキテクチャを活かして、他の量子ハードウェア設計と比較し、より広範な訂正符号を探索しています。
System Model H1 はイオントラップ型で、量子電荷結合デバイスアーキテクチャ(Quantum Charged Coupled Device architecture, QCCD)を採用しています。この設計固有の柔軟性に加えて、全結合であることも、もうひとつの強みです。すべての量子ビットが互いに接続されているため、途中で複数のエラーを発生させることなく、イオンの連鎖を通じて情報を簡単に移動させることができます。
Hayes氏は 「新しい誤り訂正符号を試すたびに新しいマシンを作るのではなく、異なる符号を実行するようにマシンをプログラム・測定し、長所と短所を比較検討することができます。」と述べました。
量子誤り訂正の発展
データセンターのサーバーや地球に通信を送る宇宙探査機など、あらゆる技術には、誤り訂正が必要です。Quantinuumやその他の量子コンピューティング企業にとって、量子誤り訂正は、技術進歩における最も重要な柱のひとつです。エラーが生じると、当然ながら量子コンピュータは信頼性の高い結果を出すことができなくなります。Quantinuumの研究員は、誤り訂正、すなわち、エラーを任意の低いレベルまで抑制するというマイルストーンを目指しています。
論文のもう一人の共著者でQuantinuumの物理学者であるNatalie Brown氏は、量子力学の基本的な性質から、ほとんどの古典的な誤り訂正の原理は、量子コンピュータでは失敗すると述べています。
「ノイズを非常に小さなレベルまで抑制することはとても困難であり、量子計算の発展における課題です。」と彼女は述べました。彼女はさらに続けて「最も有望な解決案は、量子誤り訂正で、物理量子ビットを、論理量子ビットにすることです。」 と述べています。
論理量子ビットは、計算を実行するために連携する物理量子ビットのグループです。計算で使用される各物理量子ビットに対して、他の補助的量子ビットが、発生したエラーの発見や修正など、さまざまなタスクを実行します。
Quantinuumの上級物理学者で、新しい論文の共著者でもあるCiaran Ryan-Anderson氏は、最新の研究論文では、2021年に行われ、Physical Review X( https://journals.aps.org/prx/abstract/10.1103/PhysRevX.11.041058)に掲載された研究を基にしています。その研究において、Honeywell Quantum Solutionsの研究者が単一の論理量子ビットに複数ラウンドの量子誤り訂正を適用する方法を説明したと述べました。(https://www.honeywell.com/us/en/news/2021/07/quantum-milestone-we-can-now-detect-and-correct-quantum-errors-in-real-time )
「最初に実証した重要なことのひとつは、量子誤り訂正サイクルを繰り返し行うことです。」と彼は述べました。
これは、Ryan-Anderson氏の量子誤り訂正のチェックリストにあるマイルストーンのうちのひとつです。
- 量子誤り訂正を繰り返し実行
- フィードフォワードし、シンドローム抽出を条件付きで適用
- 量子誤り訂正符号の訂正判定をリアルタイムに行うことが可能
- 一般的なアルゴリズムによるリアルタイムデコードの実演
- 2つの論理量子ビットを用いた量子誤り訂正のサイズのスケールアップ
- 論理量子ビット上の計算精度が物理量子ビット上の計算精度を上回り始める、すなわち、量子誤り訂正の損益分岐点(breakeven point)に到達
「Quantinuumはこれまでに、チェックリストを達成するために必要なマイルストーンのいくつかを達成しました。」とRyan-Anderson氏は述べました。
5量子ビットコードとカラーコードの比較
2021年の論理量子ビットを1つ用いた研究をベースに、最新の研究では量子誤り訂正と2つの論理量子ビットを用いたQuantinuumの研究チームの進歩を示しています。研究チームは、専門家になじみの深い2つの誤り訂正符号、「5量子ビットコード」と「カラーコード」をテストしました。5量子ビットコードでは、2つの論理的量子ビットのみを使用したフォールトトレラントなトランスバーサルゲートを実現することはできません。そこで研究員たちは、元々はフォールトトレラントでない論理ゲート操作を、個々にフォールトトレラントであるピースに分解する「ピーサブル」フォールトトレランスを採用しました。しかし、カラーコードでは、自然にフォルトトレラントなトランスバーサルCNOTゲートを使用することができます。
実験の仕組み
H1-2は最大12量子ビット、H1-1は最大20量子ビットを使用することができます。H1-2では「5量子ビットコード」、H1-1では「カラーコード」をテストしました。両コンピュータとも、イッテルビウムイオンを量子ビットとして制御するために、同じ表面電極型イオントラップを使用しています。集光されたレーザービームで隔離されたゲートゾーンにイオンを輸送することで、低クロストークのゲートと量子ビットの中間測定を実現しています。
研究チームは、5量子ビットコードのテストと、フォルトトレラント設計と回路の深さの影響を理解するために、異なる回路要素の組み合わせで5つの実験を行いました。その結果、フォルトトレランスを高めるために設計した補助的な回路は、多くのCNOT演算を必要とするため、論理演算の全体的な忠実度(フィデリティ)にマイナスの影響を与えることが判明しました。
カラーコードは、トランスバーサルCNOTゲートを使用できることもあり、はるかに優れた結果を示しました。研究チームは、これらのコードの誤り耐性の可能性を調査する7つの実験を行いました。カラーコードでは、状態準備回路と測定回路に誤り耐性量子回路を追加することで、エラー率を大幅に低減できることが判明しました。物理量子ビットのエラー率が99.68%であるのに対し、論理量子ビットのエラー率は99.94%でした。論理的なCNOTはトランスバーサルで、フォールトトレラントであるため、全体で誤り耐性量子回路にするために必要な追加回路はこれだけでした。
研究員は、「比較的効率の良いカラーコードの誤り耐性量子回路は、量子ビット数の少ない5量子ビットコードよりも優れた計算のためのプラットフォームを提供するだろう 」と結論付けています。また、研究員は、5量子ビットコードが、現時点で量子コンピュータが保有しているよりもはるかに低い物理的エラー率を持つシステムにおいてのみ有用であると考えています。
Hayes氏は、チームの次のステップは損益分岐点(breakeven point)を超え、その証拠を示すことであると述べました。「私たちは、その損益分岐点に本当に近いという確証を得ていますが、実際にそれを証明するためには、多くのことを行う必要があります。」と彼は言いました。「ただ損益分岐点に到達するだけでなく、実際にはその損益分岐点を超えていかなければなりません。」
新たな古典と量子の結合
この実験から得られたもうひとつの成果は、スケーラブルなアルゴリズムデコーダーに不可欠な機能を強化した、新しい古典プロセッサーです。古典関数からのデータは、量子プログラムで実行される制御フローと演算を指示するために使用されました。
これらの実験で使用されたデコーダーは、一部がRustで書かれ、WebAssembly (Wasm) にコンパイルされています。 Wasmを選択することによって、量子プログラムから呼び出し可能な関数を持つ、効率的で安全、かつ転用可能な古典言語が提供されます。
Rustで実装されたデコーダーは、多くの高水準プログラム構造を使用しています。これらの機能をサポートすることで、Wasmにコンパイル可能な様々な高級言語(Rust、C、C++など)でスケーラブルなアルゴリズムデコーダーを人間工学的に実装し、量子プログラムから呼び出すことができるようになります。
「今回の実験ではかなり有効でしたが、今後ますます複雑になっていく実験においては、さらに重要になっていくでしょう。」とHayes氏は述べました。
また、イオントラップ型アーキテクチャのもうひとつの利点は、長いコヒーレンス時間と、必要に応じて量子ビットの中間測定やリセットができることにより、量子回路の実行中にリアルタイムで操作ができることです。
「我々のシステムはコヒーレンス時間が非常に長いため、古典的計算機上でのリアルタイムな操作と統合する際に、非常に有利です。 」とHayes氏は述べました。
クオンティニュアムについて
クオンティニュアム(Quantinuum)は、Honeywell Quantum Solutions の最先端のハードウェアと Cambridge Quantum の最先端のミドルウェアおよびアプリケーションを併せ持つ世界最大の量子コンピューティング企業です。
米国、欧州、日本の7つの拠点で、300人以上の科学者・エンジニアを含む400名以上の従業員を擁しています。
科学主導・企業駆動(science led, enterprise driven)で、量子コンピュー ティングと化学、サイバーセキュリティ、金融、最適化などのアプリケーショ ンの開発を加速しています。エネルギー、物流、気候変動、健康などの分野で、 世界で最も差し迫った問題を解決するためのスケーラブルで商業的な量子 ソリューションを創造することに重点を置いています。
クオンティニュアムのオープンソースのツールキット TKET は、世界有数の量子ハードウェアとシミュレータに対応しておりハードウェアに依存しない量子プログラミングを可能にします。サイバーセキュリティ向けの暗号鍵生成プラットフォーム Quantum Origin、量子計算化学および材料科学パッケージ InQuanto、量子自然言語処理および計算言語学ツールキット λambeq などの他のクオンティニュアム製品でも使われており、その性能向上に貢献しています。
量子コンピュータ Model H1(Powered by Honeywell)は、世界最先端の量子デバイスであり、業界標準ベンチマーク Quantum Volume において 2048 を最初にクリアしました。クオンティニュアム社は、今後5年間、毎年、商用量子コンピュータの Quantum Volume を1桁ずつ増やしていくことを約束しています。
Honeywell の商標は、Honeywell International Inc. のライセンスに基づき使用されています。Honeywell International Inc. は、この製品に関していかなる表明も保証も行いません。 本製品はクオンティニュアムによって製造されています。