クオンティニュアム インタビューシリーズ第1回
─社会実装に向けた自負と覚悟─
リニューアルオープンしたWebサイトのニュースコンテンツとして、
クオンティニュアムの社員・役員・関係者にインタビューを行うシリーズを開始します。
第1回目は、量子コンピューティングの社会実装に向けた取り組みがさらに加速する中、
当社並びに業界の今後の展望について、日本法人代表取締役社長の結解秀哉に聞きました。
結解 秀哉(けっけ しゅうや)
2019年1月よりCambridge Quantum Computing Japan代表取締役社長を務め、Honeywell Quantum SolutionsとCambridge Quantumの経営統合に伴って2021年11月より現職。それ以前は過去20年以上にわたって米国系証券会社に勤務。アジア太平洋地域におけるアルゴリズム取引、電子取引、ポートフォリオ取引などを担当するほか、金融サービスやテクノロジーに特化した戦略プライベートエクイティ運用グループの設立、運営に携わってきた。1993年に米国スタンフォード大学卒。CFA協会認定証券アナリスト、CFA協会認定投資パフォーマンス計測者証(CIPM) 保有者。
〇経営統合によるハードとソフトの垂直統合で、量子コンピュータの開発を加速
──初めに、Honeywell Quantum SolutionsとCambridge Quantumを経営統合しクオンティニュアムを設立した狙いについて改めて教えてください。
端的にいうと、両社の強みを組み合わせてハードウェアとソフトウェアの垂直統合を実現し、量子コンピューティングの社会実装に向けた取り組みを加速することが目的です。
Honeywell Quantum Solutionsは、量子ハードウェアの開発に特化した組織です。電子機器の世界的大手であるHoneywellの一部門として、長年にわたりイオントラップ型量子コンピュータの開発に取り組んできました。
一方、Cambridge Quantumは英国ケンブリッジ大学の技術移転インキュベーション・プログラムにより2014年に設立されたベンチャー企業であり、当初は量子コンピューティング用ソフトウェアの開発に特化した企業でした。
量子コンピューティングでハードウェアの性能を最大限に引き出すためには、ソフトウェアが極めて重要です。特にハードウェアに近いレイヤで動作するミドルウェアが鍵を握っており、その開発はハードウェア開発と連携して進めるのが理想的です。実際に両社が経営統合してからは連携がスムーズに進んでいます。性能面の課題に取り組む際、それをハードウェア側から解決するのか、ソフトウェア側で対応するのかといったアプローチの柔軟性も生まれました。量子コンピュータの課題の1つであるエラー訂正に関する研究がスピードアップするなどの効果も出始めています。
〇量子コンピューティング市場をリードする企業であり続けたい
──量子コンピュータの市場は今後、大きく成長していくことが期待されています。この市場において、クオンティニュアムはどのような企業を目指していますか
市場をリードする企業であり続けたいと思っています。量子コンピューティングはまだ始まったばかりで「ハードウェアの性能が上がったら、いずれはこんなことも可能になるだろう」といったような話も聞きます。
現在、当社の量子コンピュータは、計算能力の一つの指標である量子ボリュームの業界の測定記録を毎年更新し続けており、ハードウェアの性能を引き上げるのは誰かと言えば、私たちであるという自負があります。そして、将来、量子コンピュータがスーパーコンピュータでも不可能な処理をこなせるときが来ると思いますが、最初に実現する企業は当社でありたいという思いを持っています。
もちろん、乗り越えていかなければならない技術的な課題については全く楽観視していません。
元々、Honeywell Quantum Solutionsは量子コンピュータのハード部門において、業界最大規模のチームを有していましたし、Cambridge Quantumもソフト専業としては同じく最大規模の企業を目指していました。それは、高度で複雑な課題が多いからこそ、人員・リソースを確保したうえで取り組まないと、この目的は実現しないという認識を持っていたからです。
我々はその認識のもと経営統合し世界最大規模の体制で研究開発に取り組んでいます。
〇現在は量子コンピューティング時代に向けてポールポジション争いをしている段階
──量子コンピューティングの社会実装により、具体的にどのようなことが可能になるのでしょうか?
社会実装のターゲットとしてコンセンサスが得られている領域としては、マテリアルサイエンスに関連する分野(バイオ、製薬、半導体の材料となるアドバンストハイパフォーマンスケミカル等)があげられます。将来的には、石油化学、鉄鋼などの様々な産業のプロセスの最適化にも貢献できると考えています。
ではなぜ、量子コンピュータかというと、上記研究に必要な量子化学計算を、従来のコンピュータ上でやろうとすると、非常に負荷が高くなってしまう。この課題を量子コンピュータが解決してくれるという期待があるからです。量子コンピュータが解決できるテーマは多方面にわたると考えていますが、例えば、地球温暖化、海洋プラスチック等の社会問題に対して取り組んでいる企業と今から共同研究することで、量子コンピュータの計算能力が高まったときには、いち早く成果を実社会に還元できるのではと考えています。
一方で、量子コンピュータの性能がまだスパコンを超えていないから、量子コンピューティングの時代はまだ始まっていないと考える方も多いかもしれません。
しかし、すでに量子コンピュータの実用化に向けて、調査や研究開発などを始めている企業は、「すでにレースが始まっている」と実感しています。F1に例えれば、今はポールポジションを争っている段階です。量子コンピュータの性能がスパコンを超えたとき、一番良いポジションから、全速力で走る準備をしているところなのです。
〇日本は欧米以上に可能性のある市場
──2019年にCambridge Quantumの東京オフィスを開設してから4年が経ちました。日本市場をどのように分析しますか
Cambridge QuantumがJSRから出資を受けたのを機に、東京オフィスを開設しました。日本市場の特徴の1つは、JSRをはじめ、マテリアルサイエンスの分野で長年にわたりハイレベルな研究を続けている企業が多数存在することです。世界と比較して日本市場での量子コンピューティングの取り組みが遅れているかといえば、決してそうは思ってなく、逆に欧米同等もしくはそれ以上に可能性のある市場だと感じています。
実際、弊社が日本市場に進出した当時は、量子研究への一般企業の取り組みについては海外でもまだ始まったばかりの段階。当社がこうしたお客様にアプローチしたタイミングは、日本もほぼ同じでした。
振り返ってみると、量子コンピュータの研究は、ある程度の知識と情報を蓄積してからでないと本格的にスタートできないと実感しています。そういう意味でも、2019年~2021年の間は、様々な企業において、そこに時間をかけていただいた啓蒙期という認識です。潮目となったのは、昨年2022年頃から様々な業界のお客様の方から積極的に共同研究のご相談をいただくようになり、いよいよ次のフェーズに入ったと感じているところです。
〇三井物産と提携し、日本、アジアでの量子コンピューティングの普及を加速
──昨年10月、三井物産様と、日本およびアジア大洋州における量子コンピューティング領域に関する戦略的パートナーシップ契約を締結しました※1※2。これも「次のフェーズ」の動きの1つと言えるでしょうか。
そのとおりです。三井物産様とのパートナーシップは、長期的に幅広く発展していく可能性を秘めています。 量子コンピューティングを活用したビジネスユースケースやビジネスモデルの共同開発、市場の開拓、当社ソリューションの紹介などを共同で進めていく予定であり、特に三井物産様が広くビジネスを展開されているアジア大洋州地域の市場開拓に期待しています。
また、協業領域としては製薬、化学、エネルギー産業などを対象にした量子化学計算、量子サイバーセキュリティ、各種オペレーションの最適化、自然言語処理、AIなどを想定しています。
※1 ニュースリリース https://quantinuum.co.jp/20221019-2/
※2 写真 左: 三井物産 代表取締役 執行役員副社長 CDIO 米谷佳夫
写真 右: Quantinuum COO Tony Uttley
──具体的なソリューションとしては、何が対象になるのでしょうか?
一つは量子計算化学プラットフォーム「InQuanto(インクアント)」です。従来、量子化学のシミュレーションなどを行うための量子プログラムは、一から書くのが一般的でした。量子化学に関する知識が必要となり、専門家以外の方にとってはハードルが高い世界だったと言えます。InQuantoを使うことで、量子計算や量子情報理論の専門知識を持たない一般の化学者でも、量子コンピュータ上でのモデリングやシミュレーションが手軽に行えるようになります。三井物産様を通じたInQuantoのライセンス販売により、さまざまな業界における量子コンピューティングの普及を加速していきたいと考えています。
この協業で力を入れていきたいもう一つのソリューションは、量子強化暗号鍵生成プラットフォーム「Quantum Origin(クオンタム・オリジン)」です。量子コンピュータを悪用することで、スーパーコンピュータでも解くのが難しいような既存の暗号は簡単に解読されてしまうことが懸念されています。Quantum Originは、量子乱数由来の極めて強度の高い暗号鍵の生成機能をサービスとして提供するものです。これを使うことで、暗号システムの暗号化強度を高めることができます。
〇量子コンピューティングで次の時代を創るために
──最後に、結解社長ご自身についてお伺いします。証券業界で長くキャリアを積まれましたが、なぜ量子コンピュータ業界に入られたのでしょうか?
私は証券業界で新たなテクノロジーを活用して新商品を開発したり、多くの手間とコストがかかっていた業務をテクノロジーで効率化したりといった仕事をしながら20年以上のキャリアを積みました。2019年にCambridge Quantumの創業者であるイリアス・カーンと出会い、量子コンピュータ業界や会社の将来展望を聞いて、これからの時代を創るこの技術にぜひ深くかかわっていきたいと参加を決めたのです。
私自身はこれまでの経験から、量子コンピューティングの応用によって証券などの金融業界がどう変わるのか、ある程度イメージできます。しかし、それ以外の分野にどのようなインパクトをもたらすのか、イリアスの話を聞いてもリアルにイメージできない部分がありました。
そんな私に量子コンピューティングの可能性を確信させてくれたのは、当社の研究員である山本憲太郎の言葉でした。京都大学で化学の研究に従事していた彼が当社への入社を決めた理由を聞いたところ、次のように答えてくれたのです ──「自分はスパコンを使った量子化学計算で世界最先端レベルの研究を行っているという自信があるが、現在のスパコンの性能向上のペースでは生きている間に自分が最終的に望む計算精度に達するのは難しいと感じていた。量子コンピュータにより大きな可能性があると思ったから、クオンティニュアムに参加したんだ」──これを聞いて、計算科学分野においても多くの可能性が残されていることと、その中で量子コンピューティングが将来貢献できる可能性が理解できました。
──さまざま分野で活躍する方々が、量子コンピューティングで次の時代を創るためにクオンティニュアムに集まってきているのですね。
そのような面があります。会社の雰囲気を簡単にご紹介すると、スタートアップならではの風通しの良さを肌で感じています。グローバルで約450名の社員のうち、約350名が科学者であり、いずれも自分の担当分野については一家言ある方ばかりです。そんなメンバーがうまく結束し、会社の目標達成に向けてアジリティ高く取り組める仕事しやすい環境、楽しく働ける環境を提供できていると思います。